赤く染まった夕陽の眩しさに、危なげな飛び方をする魔女の姿が見えなくなったとき、ふと背後から声が聞こえた。
「何が『傷ひとつつけてみろ。ただじゃおかないからな。』よ。格好つけちゃって。」
ドラコが驚いて振り返ると、そこには赤毛のグリフィンドールの女子生徒が腕組みして壁にもたれかかっていた。
ジニーウィーズリーだ。
「..ウィーズリーの赤毛の末っ子か..」
「マルフォイ家の一人っ子のお坊ちゃんに末っ子呼ばわりされたくないわ。」
ジニーは鋭い目つきでドラコを一瞥した後、彼の方へ一歩近づき、見せつけるように長い赤毛を後ろへかきあげた。
透き通るような白い肌に、陽に透けた赤味がかった絹糸のように細く滑らかな髪がかかる。
浮かび上がるそばかすさえ、肌の透明感を際立たせるために用意された小道具のように思えた。
不本意にも、ドラコは軽い目眩を覚えた。
一時期、ホグワーツの男子生徒達の注目を集めただけのことはあるな..と彼女の顔を改めてマジマジと見つめた。
あの容姿にうるさいザビニでさえ、認めたほどだ。
そんなドラコの心中を知る由もないジニーは、訝しむように彼の顔を睨み返した。
我に返ったドラコは、慌てて反論を口にした。
「7人兄妹の末娘に末っ子と言って何の文句がある。...箒の事だが。グレンジャーが半ば脅す様に
奪いとって行ったんだ。傷をつけるなということぐらい、言って何が悪い。」
「あら、そうなの?私には、無事に戻ってこいよ、という風に聞こえたんだけれど。」
「!..なぜ僕が穢れた血の無事な帰還を祈らなきゃならないんだ。
それより、お前こそ、大好きなポッターの助太刀に行かなくていいのか?」
ジニーは、眉を顰め、腕を組むと首を横に振った。
その動きに合わせて長い髪が左右へと波のようにゆらいだ。
「...もう遅いわ。ハーマイオニーが行ってしまったし。
きっと彼女は決定的な何かを握ったのよ。だからこそ、あんな危険なところへ乗り込む覚悟が出来たんだわ。
それにハリーは私に来ることを望んじゃいないわ。残念だけれど、あの心配性の母親を見て育って来た反面教師かもしれない。
どんなときも、自分の心配する気持ちを解消するためだけに、相手の気持ちを無視した行動はしたくないの。
ハリーが私に望む姿勢。それを何より優先するつもりよ...。」
ジニーはドラコにというより、半ば自分に言い聞かせているような口調だった。
その横顔には悔しさやあきらめの表情が浮かんでいる様に見え、
ドラコには、ジニーの抱えているジレンマが自分のものと重なる様に思えた。
それは小さな驚きだった。この赤毛のウィーズリーの末娘が、自分と同じ様に
愛情を得る為に自分の気持ちを押し隠し、望まれる行動を自らに強いているということが。
ドラコは一瞬、慰めを言いたいような気持ちに襲われた。
が、すぐにそれは、ジニーの真意を引きずり出したいような感情に取って代わり
わざと挑発するような言葉を選んだ。
それはドラコにしてみれば、まるで自分苛めにも似たような気持ちだった。
「..その方がポッターに好かれるというわけか。お前のそういう計算づくの考え方はスリザリン向きだな。
熱血タイプのグリフィンドールにはふさわしくない。その点、グレンジャーはポッターにいかに迷惑がられようが
親切の大安売り、押し売り状態だからな。いかにもグリフィンドールだ。」
瞬時にジニーの瞳が燃え上がり、ドラコを見据えた。
「あなたにそんな風に言われたくないわ。自分のための計算じゃないわ!ハリーの気持ちを考えているの!」
「あれこれ取り繕ったところで、結局ポッターはグレンジャーにもっていかれたというわけだろう。
ここまできて手をこまねいて見ているなんて、プレイガールの名前にふさわしくない態度じゃ..」
最後まで言い終えることができなかったのは、ジニーの平手をまともにくらったからだ。
ジニーは眉を顰め、唇を噛み締めた。なぜなのか、この女は自分の前では悔しさを隠そうともしない。
ポッターの前では、クールに決めているはずのグィネヴィア・ウィーズリーが。
ドラコの気持ちは頬の痛みよりも、ますます彼女の心理状態に興味が向かっていた。
「..最初から彼女に勝とうだなんて思っちゃいないわ。みんなハーマイオニーのこと、賢い、賢いなんていうけど。
わかってないわ。彼女は『ヒトゴト』には賢いけど、自分のこととなるとまるでおばかさんなのよ。
そういう意味ではハリーとお似合いね。腹が立つくらい、あの2人はそっくりなのよ。」
そう言ったジニーの目の光が、夕陽のせいで赤く滲んで見えたのは、別に夕陽のせいではないとはっきりわかった。
自分の思うままに生きるポッターとグレンジャーが何よりも羨ましい、そう言っている瞳だった。
そしてそれは、そのまま自分自身の思いを観るようで、思わず目を背けたくなった。
そのことを自分の本当の思いだと気づいた瞬間、ふいにいたわるような気持ちが芽生えて来た。
さんざん苛めておいて酷いと思いながらも。
「..あの2人は自分の気持ちにひたすら正直だからな。こうと思ったら、他人の思惑なんか無視だ。
自分がどう思われようが全く意に介さないし、周囲の迷惑も省みない。
正義の名の下には何事も許されるって面して行動している。鼻持ちならない連中だ。」
ジニーはイライラするようにドラコの顔を見上げた。
「あなた、何が言いたいのよ。人の気持ちを弄んで面白い?本当に最低な人ね..。」
こんなにも自分が素直な言葉をかけられないことを歯痒く思ったことはなかった。
そして人というのは、こんなにも人の思いに鈍感なのだということも思い知らされた。
ただ、オマエの気持ちはわかる、と言いたかっただけなのに。
夕暮れのせいだろうか。いつになくメロウな気分になってしまう。
これ以上ここに長居は不要だ..。
「...とりあえず、ポッターにお前はもったいない。」
ジニーが驚いた顔をして振り返ったとき、もうドラコはローブを翻して立ち去った後だった。
fin